貧困の深層:働けない脳と社会の課題

一般心理学
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鈴木大介さんの著書『貧困と脳 「働かない」のではなく「働けない」』の内容を、より詳細に、具体例やセリフを交えながら解説します。

従来の貧困観への疑問:なぜ彼らは「変われない」のか?

私たちは、貧困に苦しむ人々に対して、「なぜ働かないのか」「なぜ変わろうとしないのか」と問いがちです。しかし、鈴木さんは、長年の取材活動を通して、彼らが「変われない」のは、単に「やる気がない」からではないと考えました。そこには、脳の機能的な問題が深く関わっているのではないか、という仮説を立てたのです。

著者自身の体験:脳梗塞からの気づき

鈴木さん自身も脳梗塞を患い、高次脳機能障害を経験しました。その結果、どんなに頑張っても思うように体が動かない、やるべきことができないという「生き地獄」を味わいます。この経験から、鈴木さんは貧困層の人々も同じように「働けない脳」に苦しんでいるのではないかという考えに至りました。

「働けない脳」とは:貧困と脳機能の密接な関係

「働けない脳」とは、脳の機能が低下し、社会生活を送る上で必要な能力が十分に発揮できない状態を指します。具体的には、以下のような症状が見られます。

  • 遂行機能の低下:
    • 計画を立てる、段取りをつける、優先順位をつけるといったことが苦手になる。
    • 例えば、Aさんは、明日の仕事に必要な書類を準備しようと思っても、何から手をつければいいのか分からず、結局何も準備できないまま寝てしまう。
    • 「明日までにこれを終わらせないと…」と思っても、どうやって取り掛かればいいのか、どの順番で進めればいいのか、具体的な道筋を立てることが困難になる。
  • ワーキングメモリの低下:
    • 一時的に情報を記憶し、処理する能力が低下する。
    • 例えば、Bさんは、スーパーで買い物リストを見ながら買い物をしていると、すぐにリストの内容を忘れてしまい、何度もリストを見返す必要がある。
    • レジでお金を払うとき、お財布からお金を出して、お釣りを計算し、レシートを確認するという一連の動作がスムーズに行えず、混乱してしまう。
  • 感情コントロールの困難:
    • 怒りや不安などの感情をコントロールすることが難しくなる。
    • 例えば、Cさんは、些細なことでカッとなり、周囲の人に怒鳴り散らしてしまう。
    • 「また失敗してしまった…」という自己嫌悪の感情が抑えられず、その場で泣き出してしまったり、自暴自棄になってしまう。

具体例:貧困層の日常に潜む「働けない脳」

  • ケース1:約束を破るAさん
    • Aさんは、就職が決まっても遅刻や無断欠勤を繰り返してしまいます。
    • 周囲からは「だらしない」「やる気がない」と非難されますが、実際には、Aさんの脳は以下のような状態になっている可能性があります。
      • 朝起きる時間を計画し、実行することができない(遂行機能の低下)。
      • アラームをセットしても、すぐに止めてしまい、二度寝してしまう(ワーキングメモリの低下)。
      • 会社に行こうとすると、不安や恐怖が強くなり、動けなくなってしまう(感情コントロールの困難)。
    • Aさん:「また遅刻しちゃった…。本当にダメな人間だ…。」
    • 上司:「どうしていつも遅刻ばかりするんだ!もっとしっかりしてくれ!」
  • ケース2:お金の管理ができないBさん
    • Bさんは、収入があっても、すぐにお金を使ってしまい、いつもお金に困っています。
    • 周囲からは「計画性がない」「浪費癖がある」と非難されますが、実際には、Bさんの脳は以下のような状態になっている可能性があります。
      • 将来のことを考えて、計画的にお金を使うことができない(遂行機能の低下)。
      • お金の計算が苦手で、自分がいくら使ったのか把握できない(ワーキングメモリの低下)。
      • 目の前の誘惑に弱く、衝動買いをしてしまう(感情コントロールの困難)。
    • Bさん:「今月もお金がなくなっちゃった…。どうしよう…。」
    • 友人:「もっと計画的にお金を使わないとダメだよ。」
  • ケース3:人間関係がうまくいかないCさん
    • Cさんは、些細なことでカッとなり、周囲の人とトラブルを起こしてしまいます。
    • 周囲からは「キレやすい」「付き合いにくい」と敬遠されますが、実際には、Cさんの脳は以下のような状態になっている可能性があります。
      • 自分の感情をコントロールすることができず、すぐに怒ってしまう(感情コントロールの困難)。
      • 相手の気持ちを理解することが苦手で、誤解を生じやすい(ワーキングメモリの低下)。
      • 過去の経験から、人間関係に対して強い不安や恐れを抱いている(感情コントロールの困難)。
    • Cさん:「なんで俺のことばかり責めるんだ!もう知らない!」
    • 同僚:「また怒ってる…。関わらないでおこう…。」

社会への提言:支援と理解が必要

鈴木さんは、「働けない脳」の存在を社会全体が理解し、貧困層の人々への支援を充実させる必要があると訴えています。具体的には、以下のような支援が考えられます。

  • 医療機関との連携強化:
    • 早期に脳機能の評価やリハビリテーションを受けられるようにする。
    • 専門家によるカウンセリングや認知行動療法などを提供し、感情コントロールやストレス対処能力を高める。
  • 就労支援の充実:
    • 個々の能力に合わせた就労支援プログラムを提供する。
    • 職場でのコミュニケーションスキルやビジネスマナーなどを指導する。
    • 就労後も継続的なサポートを行い、定着を支援する。
  • 社会全体の理解促進:
    • 「働けない脳」に関する啓発活動を行い、偏見や差別をなくす。
    • 貧困問題に対する理解を深め、社会全体で支え合う意識を高める。
  • 教育現場での早期支援:
    • 子供の頃から、脳機能の発達を促す教育や、困難を抱える子供たちへの早期支援を行う。
  • 生活環境の改善:
    • 貧困家庭の子供たちが安心して過ごせる居場所や、学習支援の場を提供する。
    • 生活習慣の改善や、健康的な食生活をサポートする。

重要なポイント:自己責任論からの脱却

  • 貧困は、個人の責任だけでなく、社会全体の課題である。
  • 「働けない脳」の存在を理解し、適切な支援を行うことが重要である。
  • 自己責任論ではなく、支援と理解が必要。
  • 誰もが「働けない脳」になりうる可能性があり、他人事ではない。

この本は、貧困問題に対する新たな視点を提供し、社会全体で取り組むべき課題を提起しています。

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